大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)3572号 判決 1985年12月17日
原告
鈴木正博
被告
関西八尾交通株式会社
主文
1 原告の被告会社に対する別紙交通事故に基づく損害賠償債務は、金三万八、七九九円およびこれに対する昭和五九年六月八日から支払済まで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 原告は被告会社に対し、金三万八、七九九円およびこれに対する昭和五九年六月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告会社のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告会社の負担とする。
6 この判決は被告会社勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告の請求の趣旨
1 原告の被告会社に対する別紙交通事故に基づく損害賠償債務は、金七、五〇〇円を超えて存在しないことを確認する。
二 原告の請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告会社の請求の趣旨
1 原告は被告会社に対し、金四万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和五九年六月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 第1項について仮執行の宣言。
四 被告会社の請求の趣旨に対する答弁
1 被告会社の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告会社の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の主張
(一) 事故の発生
原告運転の加害車と訴外増田明博運転、被告会社所有の被害車との間に、別紙交通事故が発生した。
(二) 責任原因
原告の前方不注視の過失により本件事故が発生したのであるから、民法七〇九条により、原告は被告会社に生じた本件事故による損害を賠償する責任を負う。
(三) 損害
1 被害車両修理費 一〇万五、八六〇円
2 休車損 一日五、〇〇〇円の割合による一日半分の七、五〇〇円
(四) 損害の填補
原告は被告会社に対し、損害車両の修理費として、一〇万五、八六〇円を支払つた。
(五) 営業車の休車損について
一般に、営業車の休車に伴なう営業損害を算定するには、収入から全ての経費(営業費のみならず一般管理費をも含めた経費)を控除した純利益を算定の基礎とすべきであつて、仮に、収入から単に変動費のみを控除した金員を損害とすれば、本来、事故と相当因果関係になく、また、休車の有無にかかわらずに出捐すべき一般管理費についても損害と認めることとなつて不合理、違法な結論を導くこととなる。
(六) 結論
右により、原告は被告会社に対し、休車捐七、五〇〇円を負担するにすぎないのに、それ以上の金員を要求するため、本訴に及んだ。
二 原告の主張に対する認否
(一)及び(二)は認める。
(三)のうち1は認め、2は否認する。
(四)は認める。
(五)は争う。
三 被告会社の主張
(一) 事故の発生
別紙交通事故が発生した。
(二) 責任原因
原告の前方不注視の過失により本件事故が発生したのであるから、民法七〇九条により、原告は被告会社に生じた本件事故による損害を賠償する責任を負う。
(三) 損害
被告会社は、被害車の修理のため三日間にわたつて休車を余儀なくされ、その間、一日当り一万五、〇〇〇円の割合による合計四万五、〇〇〇円の営業損失を蒙つた。
計算式
運賃収入一億一、六四二万三、一二〇円(昭和五九年五月二一日から同年六月二〇日までの被告会社の運賃総収入)÷一一〇台(被告会社の配置車両数)÷三一日=三万四、一七一円
乗務員給与一万一、二三二円(一日の固定給)+(三万四、一七一円-二万五、〇〇〇円)×〇・三八(歩合給)+一、四九二円(欠勤による賞与カツト分)=一万六、二〇八円
燃料費二八四(平均走行距離)÷六(一リツトル当りの走行距離)×五八円(一リツトル単価)=二、七四五円
一日当りの逸失利益
三万四、一七一円-(一万六、二〇八円+二、七四五円)=一万五、二一八円
(四) 営業車の休車損について
営業車の休車に伴なう営業損害を算定するには、運賃収入から乗務員人件費、燃料費のような変動費を控除した金員を算定の基礎とすべきであつて、被告会社が被害車を休車にすることによつて支出を免れた経費の費目には一般管理費、固定費は含まれないのであるから、これらを控除するのは不合理である。
(五) 結論
よつて、被告会社は原告に対し、金四万五、〇〇〇円及びこれに対する本件事故日である昭和五九年六月八日から支払済まで民事法定利率の年五分の割合による金員の支払を求める。
四 被告会社の主張に対する認否
(一)及び(二)は認める。
(三)は否認する。
(四)は争う。
第三証拠
記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。
理由
第一事故の発生
別紙交通事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
第二責任原因
原告の前方不注視の過失により本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。従つて、原告は、民法七〇九条により、本件事故により生じた被告会社の損害を賠償する責任がある。
第三損害
一 被害車両修理費
本件事故により損傷を受けた被害車修理費として一〇万五、八六〇円を要したことは、当事者間に争いがない。
二 休車損
1 証人升田毅の証言により真正に成立したものと認められる乙第一、第六号証、証人升田毅の証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告会社は車の修理業者である訴外(株)新興に対し、本件事故によつて生じた被害車の損傷部位の修理を依頼したが、右修理日数として昭和五九年六月九日から同月一一日までの三日間を要したことが認められる。
2 成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証、証人升田毅の証言により真正に成立したものと認められる乙第二、第五号証、証人升田毅の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、(1)、運輸省自動車局編の自動車運送事業経営指標(昭和五七年度)によれば、昭和五七年度六大都市における一〇一台以上の保有車を有するタクシー会社の平均実働率は八八・五二%、平均実車率は五三・八六%、日車当り平均走行キロは二九三キロメートル、日車当り平均営業収入は四万〇、八〇一円、同経費は三万九、九七四円、従つて、営業収入に占める経費率は、九七・九七%、総経費の構成をみると、営業費が九六・五五%、営業外費用が三・四五%であつて、営業費の内訳をみると、運送費が九〇・〇二%、一般管理費が六・五三%となつており、右運送費の内訳をみると、人件費が七〇・七七%、燃料費が七・九七%、修繕費一・九四%、固定資産償却費二・八%、保険料一・〇五%、施設使用料一・二%、施設賦課税〇・四四%、その他運送費三・八五%となつている。(2)、昭和五九年五月二一日から同年六月二〇日までの被告会社の事業用自動車の配置車両数は中型車一一〇台であつて、実働率が九九・九一%、走行キロは総走行キロで九六万八、三〇二キロメートル、実車キロで四七万七、二八〇キロメートル、実車率は四九・二九%、営業収入は一億一、六四二万三、一二〇円、従つて、実働車一日一車当りの総走行キロが平均二八四キロメートル、実車キロが平均一四〇キロメートル、営業収入は平均三万四、一四一円(円未満切捨て。以下同じ)であつた。(3)、昭和五九年六月一九日締結された被告会社と被告会社労働組合との協定書によれば、被告会社の雇用する乗務員への一時金報酬支給基準は、(イ)、隔勤者は昭和五八年一二月二一日より足切額を一乗務三万三、〇〇〇円とする。当日の営収額が三万三、〇〇〇円以上のとき、二万五、〇〇〇円超高三八%の歩合給とする。三万三、〇〇〇円未満のときの賃金については、当日営収額の五〇%を保障支給する。(ロ)、隔勤者の一乗務の営収額が昭和五九年七月二〇日までに二万五、〇〇〇円未満のときは一時金は支給しない。但し、月間営収額が乗務数一三回以上のときは、四二万九、〇〇〇円以上となるとき並びに満勤乗務数一二回のとき三九万六、〇〇〇円以上となるときは、一乗務毎の営収額が三万三、〇〇〇円未満となる乗務も含め、一時金は支給する。との協定内容となつており、年功給については同協定書により、年功給は一五年で打切る。但し、金額の最高限度は一万五、〇〇〇円とする。尚、昭和五九年五月二〇日現在でこれが一万五、〇〇〇円を上廻る者については同金額で据置く。となつている。また、同協定書によれば、有届欠勤一日につき、夏期(昭和五八年一一月二一日~昭和五九年五月二一日)一、四九二円、冬期(昭和五九年五月二一日~同年一一月二〇日)一、八二三円が賞与から減額されることとなつている。他方、被告会社の賃金規定によれば、一日一乗務の乗務員固定給は、本件事故当時、一日につき一万一、二三二円であつた。(4)、被告会社における燃料費のうちのLPガス費をみると、本件事故当時のLPガスは一リツトル当り五八円であつて、被害車は一リツトル当り平均六キロメートルの走行が可能であつた。以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 一般に、第三者の不法行為により車両損害を受けた車両保有者は、破損車両を修理するに必要な相当期間中に発生した休車による得べかりし利益の喪失を休車損害として不法行為者に請求することができる(最判昭和三三年七月一七日・民集一二巻一二号一七五一頁。)のであるが、右にいう休車損害も、通常の不法行為制度における損害と同様に、現実に発生した損害及び将来発生することが予測できる不利益をいうものと解すべきである。そこで、タクシー会社の休車損害における現実損害を考えるに、本来、タクシー会社の目的は自動車運送事業であつて、その収入は運送事業による運賃収入であるから、タクシー会社における必要諸経費も右の運賃収入によつて賄われることが予定されており、従つて、右運賃収入がないときには、会社に必要な諸経費を填補するものがなく、タクシー会社としての存続が脅かされる結果を招来するものであることを考慮すると、タクシー会社における休車損害は、当該破損された営業車の運賃収入こそが休車損害を算定するうえでの前提となるべきであつて、右の運賃収入から、損益相殺の法理を適用して、当該破損された営業車を休車にすることによつて支出を免れた経費を控除し、これをもとに休車損害を算出すべきものというべきである。ところで、原告は、一般管理費などを運賃収入から控除しないと間接損害を認めた結果となる旨主張するが、タクシー営業車の休車損害は、まさに、タクシー会社を直接の被害者であることを認めたうえでの損害算定費目なのであつて、いわゆる間接損害の法理は、ここにおいては、直接の適用がないものであるから、原告の右主張は採用しない。
そこで、右認定事実をもとに被告会社の休車損害を考えるに、被告会社における実働車一日一車当りの営業運賃収入は平均三万四、一四一円であつたというのであるから、被告会社所有の営業車である被害車の休車損害を算定するにあたつても、右被害車が運賃収入をあげるうえで、他の被告会社実働車の平均値より優れ、または、劣つている等の特段の事情の認められない限り、右金員が被害車の一日当りの運賃収入と推認され、右金員が被告会社の本件休車損害算定上の前提となる。次に、損益相殺科目を考えるに、被害車が休車することにより支出を免れる被告会社の科目は、(1)、修繕費、(2)、燃料費、(3)、被告会社の労使協定書にみられる乗務員人件費及び被告会社の自認する賃金規定に基づく乗務員固定給、(4)、その他運送費(現業部門に係る経費で他の科目に属さないもの)であつて、運送費のうち固定資産償却費、保険料及び施設関係費(使用料及び賦課税)並びに一般管理費、営業外費用は被害車が休車することにより支出を免れる費用ではないから、これを損益相殺することはできない(横浜地裁小田原支判昭和四五年七月三日。交通民集三巻四号一〇四八頁参照)。そこで、本件についてみるに、前記認定事実によれば、(1)、修繕費は、特段の立証のない本件では、総経費のうちの一・九四%、従つて、営業収入の一・九〇%(計算式97.97×1.94/100%)となるから、一日当りの車両修繕費は六四八円(円未満切捨て。以下同じ。計算式3万4,141円×0.0190となるものと推認され、(2)、燃料費は、LPガスで日車当り平均二、七四五円(計算式284km÷6×58円)、(3)、乗務員人件費は、一日当り固定給一万一、二三二円と労使協定により支給される同歩合給三、四七三円(計算式(3万4,141円-2万5,000円)×0.38)及び同冬期賞与減額分一、八二三円の合計一万六、五二八円、(4)、その他運送費は、特段の立証のない本件では、総経費のうちの三・八五%、従つて、営業収入の三・七七%(計算式97.97×3.85/100%)となるから、日車当りのその他運送費が一、二八七円(計算式3万4,141円×0.0377)となるものと推認される。
4 右によれば、被告会社の、被害車修理期間中に発生した休車による得べかりし利益の喪失、すなわち、休車損害は、合計三万八、七九九円となる。
計算式
3万4,141円(1日の収入)-(648円(修繕費)+2,745円(燃料費)+1万6,528円(乗務員人件費)+1,287円(その他の運送費))×3日=3万8,799円
第四損害の填補
原告は被告会社に対し被害車両の修理費として一〇万五、八六〇円を支払つたことは、当事者間に争いがない。
第五結論
よつて、原告は被告会社に対し、三万八、七九九円及び本件不法行為の日である昭和五九年六月八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告及び被告会社の各請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の各請求はいずれも理由がないから棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 坂井良和)
別紙交通事故
1 日時 昭和五九年六月八日午後八時三〇分頃
2 場所 大阪府八尾市北本町三丁目一番二三号先路上
3 加害者 (大阪五二も五九七二号)
右運転者 原告
4 被害車 (泉五五え九五六二号)
右運転者 訴外増田明博
5 態様 加害車前部が被害車後部に追突